旅行行こうず!ー国内旅行まとめブログー

旅行に関するスレッドや、都道府県ネタをまとめたブログです。

    京都府

    1: 名無しの旅人 2018/09/12(水) 23:48:43.96 ID:CAP_USER
    京都の崇仁地区にできた「崇仁新町」は、連日若者や観光客でにぎわっている(筆者撮影)
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    土地に貴賤(きせん)はない。だが、人間は古くから卑しむべきとする土地を作ってきた。そうした場所の発祥にはさまざまな要因が言われるが、今回はそれが主題ではない。取り上げたいのは今、日本全国で、その土地に災害に弱いなどの合理的な理由がなく、かつ利便性が高い土地であれば積極的に使おうではないか、という動きが起きていることである。

    たとえば2017年4月には、大阪のあいりん地区に隣接する新今宮に星野リゾートが都市型ホテル建設を発表し、話題となった。麻薬と違法風俗で長年悪名の高かった横浜の黄金町は10年以上にわたる地元の努力の結果、いまや「アートのまち」を標榜する。2015年に死者11人を出した火災が地域にショックを与えた川崎市日進町のドヤ街には外国人や若者が集まる宿や複合施設が誕生し、各種イベントでにぎわうようになってきた。

    ■一時は1400人まで人口が落ち込んだ

    そんな中、もっとも大きく変わろうとしているのが京都である。歴史がある町だけに、不動産的に価格、認知度とも低い場所は多いうえ、広範に及んでおり、その1つがJR京都駅の東にある崇仁(すうじん)地区である。

    崇仁地区はその歴史的背景から、戦後すぐには約6000人、多かった時期には1万人近くだったという崇仁地区の人口は2015年には約1400人にまで減少。若年層の流出が続いた一方、高齢化が進展した。

    そこに日本でもっとも長い歴史を持つ芸術系大学、京都市立芸術大学が移転する。1880年に京都府画学校として創立された同大キャンパスは現在、京都駅からバスで約45分かかる西京区大枝沓掛にあり、都心からはかなり距離がある。

    加えて建物の耐震性能、狭隘化、バリアフリー、施設不足などの問題もあった。
    そこで大学は2013年に京都市に対し、都心で交通利便性が高く、まとまった土地が確保できる崇仁地区への移転・整備に関する要望書を提出。翌年には京都市が移転を発表した。

    鉄道敷設以前の崇仁は、京都の中心部から離れた町外れであり、川沿いでもあり、そこにあまり使われない土地があっても問題はなかった。だが、現在は京都の玄関口のすぐ隣。そこに空白地帯があることは町全体の有効な土地利用の観点からしてどうなのか、という見方もあった。

    長年、成功してこなかった凹んだ地域の底上げを大学移転で逆転させたいという思いもあるだろう。海外でもイギリスのキングスクロス駅北側の操車場エリア、ロンドン東部のホクストンスクエア、パリ北駅裏の巨大葬儀場跡地など荒廃した地域の再生に芸術系大学、アーティストなどが寄与した例は多く、芸術には地域を変える力がある。京都市立芸術大学の移転は大学にとって、京都市にとって単なる移転というだけでなく、地域を変えようとする新しいチャレンジなのである。

    ■大学が完成するまでをつなぐ屋台街

    だが、2023年に予定される大学供用開始までにはまだ時間がある。2016年2月に公表されたスケジュールによると2017年から2019年までが設計期間、その後に既存建物を解体、工事が始まる予定で、2018年からでもあと5年ある。
    その間、当該エリアを空白のままとするのは、過去の歴史を除けば一等地であるだけにいかにももったいない。また、空白期間の後に突如大学が完成しても地域と大学のつながりを醸成することは難しい。

    そこで京都市が考えたのは、この地域にこれまで来ることのなかった若者や観光客が集まり、芸大生が関わった施設を造ること。模索の結果、2018年2月に生まれたのが「崇仁新町」と名付けられた屋台街である。

    立地するのは移転予定地の最も京都駅に近い角地の約1000㎡。近くにある高倉跨線橋の通称から「たかばし」とも呼ばれる一角で、通り沿いには行列の絶えないラーメン店や、お好み焼き屋などがあり、それ以前には闇市もあったという場所だ。
    屋台街という、京都には珍しい造りはその歴史にちなんだものである。

    企画の立ち上がりから完成まで半年という脅威的なスピードだったため、店舗は移動も可能なコンテナが利用されており、屋根はカーポート用、手すりなどは工事現場で利用する単管パイプとコスト重視の造りとなっている。そこに並ぶのは1丁目から4丁目までの計16店。コンテナの前は飲食スペースとなっており、奥には芸大生が絵を描いた舞台や、たき火のできるイベントスペースなども作られている。

    出店しているのは地元の若手飲食店主たち。このエリアの賑わい創出を手がける一般社団法人渉成楽市洛座で事務局長を務めるwalksの小久保寧氏が一軒ずつ回って口説いて来た。

    2018/09/12 6:00
    https://toyokeizai.net/articles/-/237141

    引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/femnewsplus/1536763723/

    【【京都】京都で「見過ごされた町」が人気化するワケ 若者や外国人は過去の歴史を気にしない】の続きを読む

    1: 名無しの旅人 2018/08/13(月) 11:18:02.37 ID:jYPPCXKw0 BE:422186189-PLT(12015)
    京都銘菓「生八つ橋」の中でも「おたべ」は有名な商品の1つです。
    そんなおたべに、白桃味の白いおたべ「南風月(はえづき)」が2018年8月1日から夏季限定で登場しています。
    にっきを含まず「お米本来の味」がするという白いもちもちの生地を採用して、白桃のピューレと果肉を包んだ夏のおたべを食べてみました。
    https://gigazine.net/news/20180811-otabe-hae-zuki/

    引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1534126682/

    【京都出身の俺が思うに京都の和菓子は総じて不味い。京都銘菓は松屋長崎のマドレーヌ。 】の続きを読む

    1: 名無しの旅人 2018/07/31(火) 17:25:43.98 ID:QSK4T+Lc0● BE:886559449-PLT(22000)
    京都・三十三間堂で風神・雷神像、80年ぶり配置換え 

    京都市東山区の三十三間堂で、ともに国宝の風神・雷神像と二十八部衆像の配置換えがあり、31日に報道陣に公開された。約80年ぶりの並びかえという。

    三十三間堂では、中央の千手観音坐像の周りと1001体の千手観音立像の前に、二十八部衆像と風神・雷神像が並んでいる。これまで、修理に伴い昭和9年ごろに変更した配置が続いてきた。今回、鎌倉時代の版画やこれまでの学術研究などに基づき、創建当時に近づけた。

    三十三間堂を管理する妙法院の杉谷義純門主は記者会見し「御利益をより一層お届けできるように並べ直した。今まで以上に観音様も落ち着かれたように見える」と話した。

    http://www.sankei.com/west/news/180731/wst1807310039-n1.html

    引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1533025543/

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